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ウェスト・ロード・ブルース・バンド はディープな関西風

京都の西小路あたりを闊歩していたことから命名された「ウエスト・ロード・ブルース・バンド」が、ファースト・アルバム「BLUESPOWER」でデビューしたのは、関西を中心にブルース・ブームが巻き起こっていた75年。

当初はオールマンやジョン・メイオールなど、ホワイトブルース系レパートリーを演奏していたが、山岸潤史の加入により、B.

そんな彼らの魅力が詰まったアルバムが、東京のモウリ・スタジオでオーバーダビングなし、全曲一発録りの「BLUESPOWER」だった。

アルバムは全9曲。

ラストは、ビー・ウィー・クレイトンの演奏で知られる「BluesAfterHours」だが、70年代という時代に黒人音楽のスタイルをそのまま踏襲し、それを関西風ディープ・ブルースとして見事に昇華した彼らの実力には、今聴いても驚かされるばかりだ。

ウェスト・ロードは、75年11月、2枚目にして初のライブ・アルバム「WESTROADLIVEINKYOTO」を発売するも、76年末には惜しまれながら解散。

だが、83年にオリジナル・メンバーで復活し、84年にはスタジオ録音の「ジャンクション」をリリース、とアサ芸プラスが報じた。

ウエスト・ロード・ブルース・バンド – Wikipedia

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ソース:アサ芸プラス

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